前節(11. 12. 13.)では電磁波の伝搬について説明してきましたが、空間を伝搬する際の減衰について触れていなかったので、当節で説明致します。
電界や磁界を高校時代の物理で習い始めると電界Eであれば距離rに対して、クーロンの法則から1/r2で減衰すると習った経験があるでしょう。これが所謂電界の空間減衰になります。磁界の場合も同様な関係で空間減衰します。
電磁波も伝搬距離rにより電磁波(電波)の振幅(即ち電力)が減衰していきます。但し、その減衰の仕方については、高校時代の物理では静電場・静磁場(直流場)であったのに対し、電磁波は動的な交流場となるため、その状況は多少変わります。
下記の図は動的な電気双極子(z軸方向のみで極性が入れ替わる)が空間に形成する電磁場について計算したものです。(導出プロセスは省略。詳細は電磁気学の書籍等で。)
この電気双極子により形成される電磁界は双極子の極性入れ替わり頻度(振動数)、即ち電磁波の周波数の影響を受けない理想的なダイポールアンテナにより形成される電磁界と同等になり、電気双極子の中央が信号源(波原・給電点)となります。
図において動径方向rが信号源からの電磁波の伝搬方向となり、動径方向rに対して横(垂直平面)方向がθ方向とΦ方向となります。式で記載された電界及び磁界で伝搬に伴う空間減衰について1/r、1/r2、1/r3の項があることに気づきます。rが極めて小さい場合は1/r < 1/r2<< 1/r3(各項係数省略)なる関係となり、rが十分大きな場合は1/r > 1/r2> 1/r3(各項係数省略)となります。特に1/rの項が支配的になっていく距離はr≈λ/(2π)(λは電気双極子の振動数(周波数)に対する空間波長)となり、このr < λ/(2π)の領域は近傍界、r > λ/(2π)の領域は遠方界としています。因みにλ/(2π)の距離(≈λ/6と考えてもよい)は例えば30MHzで160cm、100MHzで48cm程度になります。
遠方界はいわゆる電波の領域となり、1/rの項の電磁界(遠方界成分)となるので、動径方向r(伝搬方向)に電磁界は無く、伝搬方向に対して横方向に電界E及び磁界H を持ち、いわゆる波面を形成します。これらは前節で述べたTEM波の状況を式で説明しており、電界Eと磁界Hの積(E☓H)によるポインチングベクトルSが伝搬方向(動径方向r)に向かう状況も示しています。
一方、近傍界については少し複雑になります。特に信号源に近い側は電界において1/r3の項が極めて大きくなり、準静電界と呼ばれる領域になります。低周波であればあるほど大きな電界が得られる領域を確保できるため、その性質を利用した電子デバイスもあったりします。また1/r2の項が有効となる誘導電磁界とよばれる領域もあり、昨今は無接点電力伝送等で利用されたりしています。特にコンデンサ、コイルと言った部品の外界に形成する電界、磁界は近傍界であって、遠方界を持つことはありません。1/r2と1/r3の項は近傍界成分と言えるでしょう。
図にも示されていますが、1/r、1/r2、1/r3の各項はいずれも独立項で電界及び磁界はそれらの線形結合で示されるので、遠方界と近傍界は別のモノ(性質)であることを理解して頂けるでしょう。そのため、機器のEMI(不要輻射)の解析等で近傍界プローブを使ってマッピングを行ったり、電磁界Simで近傍電磁界を計算したりして、機器のEMIとの関係を探ったり、関連付けた資料を目にすることがありますが明確な関連付けは困難であり、結局想像力を駆使したイメージでの結びつけ程度のものにしかならないのです。
また、1/rの項の部分はアンテナの特性と関係するため、機器の基板・ハーネスなどは基本的にアンテナとしての能力は低く、電磁場の1/rの項に相当する部分は一般的には小さくなります。そうであるにも関わらず、近傍界プローブで測定した1/r2、1/r3の項のレベルを以って放射の原因であると結論づけたりすると、EMI対策として大きな遠回りをすることになったりします。
当節をEMC対策の観点でまとめますと
①放射する電磁波(ノイズ)は遠方界成分(1/rの項)です。
②機器の基板・ハーネスの周辺に関する電磁界Sim結果やプローブ測定結果は発生する電磁波(ノイズ)の近傍界成分です。
③遠方界成分と近傍界成分は別モノですので、近傍界の検討結果から遠方界を推測することは困難です。
私が高周波関係の仕事を始めた頃、先輩から”アンテナには近傍界があって電波がぐちゃぐちゃな状態から整った平面波に変化して遠方界で放射される”、と教えられて、それを信じて長く過ごしていました。その頃は遠方界での電波しか扱っていなかったので特に問題にはなりませんでしたが、EMCを扱う技術者の方々には考慮すべき事柄だと思います。
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