EMC設計を解説する際、GND(グランド)は非常に重要なワードです。かつて私が見てきた現場のEMC担当者には、EMC評価にかけた機器の不要輻射(EMI)対策を行っている時などに、放射するノイズを何とか機器のGNDに落とし込むイメージを持って取り組んでいる担当者もいました。しかし、そのようなイメージに沿った方策で十分な効果が得られず、より効果の上がるノイズ対策の捻り出しに苦労する担当者もいました。
彼らは” GNDにノイズが流れ込んでいる”とか、”GNDパターン(電極)が揺れている”とか、あたかもノイズは流体のように流れ、GND電極の中へ流れ込ませるたり、流れ込んだノイズがGNDパターンの中で暴れたりする(共振のようなものか?)イメージを持っていたのでしょう。それ故か、GNDパターン内(電気回路的に電位差が無い領域)にコンデンサやビーズが入れられている回路的に奇異なEMI(?)対策した例を目にすることがありました。何とかEMI対策したいという思いから捻り出した方法だったのかもしれません。それでも彼らは何とか問題の解決策を見出して設計中の機器を次の設計段階へ送り出して行く姿は本当に凄いと思いました。
ただ、私としてはそんなEMC担当者にもっと役に立つGNDに対する情報や考え方を持てていれば、という思いがあります。
EMC担当者が機器のEMIの原因を考える上で当てはめるモデルは回路モデル(当社の一連の技術解説の中の”6. “で説明)です。この回路モデルにおいてGNDは大きさ・長さの概念は無く、且つ電位は0Vで、回路モデル内のノード(配線)でGND接続するノードは全て0Vになります。しかし、実際の機器のGNDは大きさ・長さを持っており、EMC担当者は実際の機器の状況と回路モデルの差を埋めるための調整・修正が必要と考えます。EMIの対策として”GND強化”と称してGNDパターンを大きく・太くするといった調整は代表的なものでしょう。
これは業界の文献やハウツー本等での、GNDによるEMI対策の説明の影響が大きいと思います。その説明では、先ず神様的な絶対0V となるシステムグランドを想定して、その絶対0Vが劣化(?)してしまうフレームグランド、更に0Vが劣化(?)してしまうシグナルグランド、等とGNDを分類します。実際の機器はその形状に伴うフレームのサイズや、機器のパワーケーブルの長さ、更に機器の回路基板におけるGND電極パターンの形状等、GNDと導通関係にある金属物はそれぞれがインダクタンス成分を持つので、ノイズとなる高周波電流がそれら金属物を流れるとそれら個々のインダクタンス成分により電圧を生じ、それがノイズ電圧となって放射されるとしています。(どういったメカニズムでノイズ放射するかは不明です。)そのため、回路基板の設計においては特に”配線パターンはできるだけ短くする”ということがよく言われます。配線パターンはノイズ電流の伝送路としても機能するので配線パターンのインダクタンス成分を低減させる、という考え方でしょうか。しかし、全ての配線パターンにそんなことができるわけはなく、いわゆる努力目標でしかありません。
また、EMIの要因とされる”グランドバウンス”というEMC関係者がよく使うワードがあります。これは回路基板内のGND電極上で生じる電圧変化であって、ICの動作時の急激な電流変化により生じるとされ、この時生じる電圧変化がEMIに繋がると考えられています。(これもどういったメカニズムでノイズ放射するかは不明です。)この電圧変化はどこの電位に対する変化なのでしょうか? 今までの記述の中なら絶対0Vのシステムグランドの電位に対するものと考えるべきでしょうか?
このようなGND絶対主義的な回路モデルを使った機器EMIの考え方に、私は違和感があります。
電磁界解析ツールで機器のフレームや基板に流れる電流を観察していくと気づくのですが、マクスウェル方程式に基づくモデルでは、GNDという概念は無いように思われます。即ちGND側の電極は単に活線となる電極の対向極でしかない、ということです。確かに、電磁界解析ツールにおけるSimモデルの境界条件として、モデル空間の周囲を0Vとすることはあっても、機器のモデルに配置する信号源の一方を接地する必要はありません。また、モデル空間の周囲を0Vにするとしても、電磁界解析する対象物のモデルに生じる電磁界に影響を与えるものではなく、またその影響が小さくなるように解析するモデルの領域の大きさを調整します。
このような電磁界解析の結果では、回路モデルで説明される前述のグランドバウンスを観測することはありません。これは信号の伝送路を構成する活線とGNDにおいて、電流が活線とGNDに対の形で流れ(但し、電流の向きが互いに逆方向)、活線とGNDそれぞれのインダクタンス成分により発生する電圧が互いにキャンセルされるためです。そのため、信号源の矩形波信号は略その電圧を維持して負荷に到達します。また、配線長にも依存しません。従って、グランドバウンスとは何か、単に回路モデルによる説明の産物なのか、少なくともEMIの原因として重要視すべきものではないでしょう。
そもそも、不要輻射は電磁波であるので、高周波ノイズの電磁場の状態によってその放射状況を考察すべきです。GND強化として、”GNDパターンを大きく・太くする”というのは高周波ノイズの電磁場の状態を変化させるための操作・調整とも考えられます。こういった考え方の詳細につきましては当社の” EMC設計 背景説明”のセミナーで説明いたします。是非とも聴講して頂きたいです。
回路図モデルによるEMIの説明にはいくつかの不都合な点があります。その最大の課題は空間を伝搬する電波についての概念がないことです。そのため、どうしても解説者にとって都合のよいイメージが入ります。コモンモードもそういった類ではないかと考えております。これについてはまた場所を改めて解説したいと思っています。
実際のEMIを考える上ではやはりマクスウェル方程式に基づくモデルの考え方の方が回路モデルによる考え方より現実に近く、EMC関係者それぞれがイメージする余地を小さくして共通の考え方を持てるのではないか、と考えています。それは即ち、EMC関係者間のミスコミュニケーションを少なくし、EMC課題の早期解決に役立つものと考えています。