回路シミュレータを使って回路の計算を行う際、IC等の回路部品やLCR等の回路素子を回路シミュレータが読み込める形式にしたものをモデルと呼んでいます。一般的にはファイル形式で部品ベンダーから提供され、我々はそれを回路シミュレーションに利用しています。このモデルという言葉はとても便利なもので、自然科学・社会科学における様々な現象を説明する上でも使われています。ある学術の分野において特定のモデルが完成すれば、その分野の現象・事象の説明に適用でき、また時間軸の特性を持っていれば、過去の現象の解析や将来の予測(シミュレーション)ができる、ということになる訳です。
但し、こういったモデルが幾つか存在していても、各モデル同士が上手く連携できるかどうかはケースバイケースでしょう。当社が扱うEMC設計における不要輻射(EMI)では、それを説明する学術分野として、電気回路学や電磁気学を用いることになります。しかし、この2つの学術分野の各モデルの今までの使い方は、実際のEMC設計にはあまり役立たない、ということをご存知でしょうか?
EMIについて多くの方々が説明に用いているのは電気回路学による電気回路モデル、即ち信号源(モデル)・伝送路(モデル)・負荷(モデル)です。基本的にキルヒホッフの法則に沿った回路モデルであり、計算しようと思えば各ノードの電圧・電流を解くことができるものです。しかし、EMC関係の方々の回路図モデルでのEMIの説明は、殆どがそれぞれの方々のEMIに対するイメージを回路図モデルに付けて解説されるだけなので、概念的なものでしかなく、当然のことながらEMC設計には程遠いものです。そもそも、キルヒホッフの法則には電磁波放射に関する概念は無いので、回路モデルから計算によって放射電磁波の電力を見積もることはできないのです。ノイズ放射のメカニズムについて解説者のイメージで説明されている記事をよく目にします。
ハウツー本等では、ディファレンシャルモード放射、コモンモード放射の式が紹介されており、ノイズの周波数や配線に関わる寸法から放電磁界強度を計算する方法が紹介されています。しかし、特に重要視されるコモンモード放射に関してコモンモードの電流の値を如何にして求めるか、が既に大きな課題です。それらの式はそれぞれのモードの電流によるノイズ放射の傾向を説明するものであって、EMC設計としては使えるものではないと思われます。結局、設計者にコモンモード電流を起こしてはいけないという意識づけをするためのものでしょう。
一方、先のEMIを電磁気学で説明、更には放射電磁波の強度も計算するといった方もいるでしょう。方法としては電磁界解析ツールを使ったシミュレーションで、そのモデルとして信号源、回路基板上の伝送路のCADモデルに回路負荷を付加し、更に、対象機器の金属フレーム等のCADモデルと共に、機器周囲の空間を含めてSimモデルを作成して、そのSimモデルの領域にマックスウェルの方程式を適用してSimモデルの領域の高周波電磁場を解きます。これにより、ノイズ放射レベルとなる遠方界の電界強度を計算することができます。また、回路基板上の伝送路や機器の金属フレーム上の表面電流の状況(近傍界)を観察することもできます。
しかし、得られたこれらの計算結果から、何がEMIにおける主たる原因であったかを電磁界解析ツールは示してくれません。よって、シミュレーションを行った担当者がイメージを膨らましてその原因を説明することになります。また、どうすればEMIが改善するかについても担当者が考えます。EMIの原因解明及び改善については元のSimモデルの調整等を独自に行って、原因解明・改善の確度を高めることができますが、Simモデルの編集とその計算に長時間を要します。そのため、電磁界解析ツール利用は機器の設計段階での進捗度合に合わせるのが難しく、EMC設計向けに利用するのは不向きと言えます。そもそも実施したシミュレーション結果(即ち、Simモデル)が正しいのかどうかも問題なのです。なぜなら作ったSimモデルが適切であったかどうかの検証は実測結果との比較により行うものだからです。
私が扱った電磁界解析ツールの計算結果は、実際の機器のEMI試験(3m/10m離れた場所の電界強度)の結果にピッタリ合わせることはできませんでした。実際に動作している機器でのノイズ源の状況を電磁界解析ツール上でシミュレートできなかったからではないかと思います。しかし、ノイズ対策を施した際のビフォーアフターの比較において、その変化傾向をシミュレートすることはできておりました。
また、電磁界解析ツールの計算結果において回路モデルで触れたようなコモンモードの電流を確認することはありませんでした。これはマックスウェル方程式から電流は必ず異なる2つの極性の電極によって流れていくことが導かれる(詳細は当社“EMC設計 背景説明”で解説)ためで、1本の電極で電流が自由に流れることはできないのです。また、回路モデルの説明では2つの極性の電極の一方の電極(いわゆる活線)に行きの電流が流れ、他方の電極(いわゆるGND)に帰りの電流としてリターン電流が流れることになり、特にリターン電流をあたかも独立したもののような扱いでいろいろ解説がされています。しかし、電磁界解析ツールの計算結果では、上記でいうところの行きの電流とリターンの電流は揃った形態で伝搬します。“行って帰る”の関係ではないのです。但し、リターン側は行き側に対して位相が180度ずれている関係(詳細は当社“EMC設計 背景説明”で解説)になります。
従来のEMIの解説では、“コモンモード電流”、“リターン電流”は重要なキーワードとして回路モデルの中で使われてきました。“なぜ機器からノイズが放射されるか”をEMC入門レベルの方々に紹介するには便利だったのかもしれません。実際の現場のEMC担当者もEMIの課題が出てきた時に、それは“コモンモード電流が流れるためだ”とか、“リターン電流の設計がいけない”とかを見出すと課題が半分解決した気になっているようでした。ですが、実は何の解決にもなっていないのです。どう対策するかの具体策が自動的に出てくる訳ではないからです。
当社が紹介する”PD適用”、”SD適用”は計算(シミュレーション)によって放射ノイズレベルの傾向を把握することができます。コモンモード電流、リターン電流といった概念や言葉はありません。機器・装置の回路図設計段階でのEMC設計に是非、ご検討ください。
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