前回は電磁波についてその電場E 、磁場H について説明し、伝搬形態がTEMモードであると説明しました。このTEMモードであることをベクトルの関係で示すと下記の図のようになります。
即ち、電場E に対して磁場H が反時計周りで垂直の関係にあり、電場E と磁場H により構成する面(波面となります)に対して垂直な方向が電磁波の伝搬する方向となり、ベクトル積E ×H = S となるポインチングベクトルS を定義することができます。このポインチングベクトルは電磁波の伝搬する方向を示すと共に、そのスカラー量は電磁波の電力密度を示します。また、ポインチングベクトルS に対する電場E と磁場H による電波の波面の特徴から空間を伝搬する電磁波を平面波と呼びます。そのため、もし励振源から電波が出ているとしたら、それは励振源から面的な広がり(風船が膨らむイメージ)で電波が放射されていることになります。更にTEMモードの電磁波は、下記の図のように一方向(y方向)に対して電場E と磁場H が垂直に交差すると共にそれぞれの強度もそれぞれ同一位置で互いに正の比例関係になります。その比例係数が空間インピーダンス(Z0 ≒120π (Ω))となります。
機器の不要輻射(EMI)を考える場合、EMC対策を担当される方々は”どうしてノイズ(電磁波)が放射されるのか?”という疑問を持つでしょう。そのメカニズムが分かればEMI対策のカギになることが期待できるからです。そこで上記の電磁波の説明は一つのヒントになります。即ち、ポインチングベクトルS が空間に向かっているかどうかということです。
その状況を観る方法として、アンテナにおける電磁界分布の状況を図等にしてイメージすると分かり易くなります。実は、”アンテナはポインチングベクトルS を空間に向ける装置である“ということを実感できるようになります。詳細な説明は当社のEMC設計 背景説明”4.機器からのノイズ放射のメカニズムを理解“のセミナーで行います。
実際の機器のEMIは、機器の基板とケーブルの接続部(コネクター部)がノイズ放射の励振部となり易い部位です。このメカニズムについては和田先生(京都大)のいくつかの論文の中で紹介されていますが(当方は和田モデルと呼んでいます。)、このコネクター部の信号ラインや電源ラインでポインチングベクトルS が空間を向く形態になっているのです。
当社が提供している、PD適用、SD適用はこういったポインチングベクトルS が空間に向く部位の回路の構成に一工夫を加えることで効果的にポインチングベクトルS のスカラー量を低減させ、即ちEMIを低減させる方法を提供します。その詳細についてはPD適用、SD適用の各セミナーの実践編で説明致します。
この辺で次なるEMC設計上で重要な点をまとめさせていただきますと、
④TEMモードの電磁波は電場E と磁場H のベクトル積となるポインチングベクトルS を持つ。
⑤ポインチングベクトルS が空間に向かうことで電磁波(ノイズ)は空間に放射されます。
⑥実際の機器ではケーブルのコネクター部でポインチングベクトルS は空間に向かう形態となっています。
⑦PD適用、SD適用はポインチングベクトルS のスカラー量を低減する回路的手法です。
是非、当社のセミナーを通してEMC設計の理解を深めて頂きたいです。
昨今のEMC対策セミナーで講師の方々は、ノイズは電磁波であるということを説明され、下記のMaxwellの方程式を示されて、電磁波の本質(?)であると説明します。
divD = ρ ・・・(1)
divB = 0 ・・・(2)
rotE = -∂B /∂t ・・・(3)
rotH = J +∂D /∂t ・・・(4)
∵B =μ H, D =ε E
セミナーの受講者で上記式を見せられた多くの人にとっては、何を言いたいのか全く理解できないでしょう。また電磁気学を習った経験がある人にとっても”だから何なの?”、と思うでしょう。
仮にEMC対策を担当されている方々がMaxwellの方程式をおぼえたとしてもそれを利用する場面はあまり無いでしょう。但し、電磁波の知識を深めるという点は期待できます。
ただ、下記の性質をMaxwellの方程式が示していることを理解して頂けると当社のEMC設計を深く理解する上で役立ちますので少し説明をしたいと思います。
その前に、先ず空間を伝搬する電磁波(電波)を考える上では、J =0であって、
rotH = ∂D /∂t ・・・(4*)
となります。当たり前ですが、電流が空間を流れることは無いからです。(回路基板上の配線を流れる電磁波(電流)を扱う際はJ ≠0となり式(4)の右辺を変形していきますが詳細は別の機会に)
また、式(1)についても
divD = 0 ・・・(1*)
とおくことになります。(1)の式でもρ = 0を含んでいると考えることもできますが、ρ = 0とρ ≠ 0には大きな差があります。
先ず、そもそも演算子divは、例えばベクトルA のある空間中でdivA を行うことで、その空間のあらゆる場所で、divA が正なら湧き出しが、divA が負なら吸い込みがあることを示します。これに対しdivA = 0ということは、ベクトルA は空間のあらゆる場所で湧き出し量と吸い込み量が等しいということになります。
ρ ≠ 0は静的電場(単一電荷が存在する状況で、所謂ESDを扱う条件下等)において成立し、物体が正又は負に帯電した際に張られる電場を示しています。しかし、電圧と電流により電力の入出力を行う、所謂直流・交流といった電気を扱う領域ではρ = 0となります。これは電荷が無いという意味ではなく、電圧と電流により対象とする電気の周囲の空間に張られる電場(E )は至る所で吸い込む電場(電気力線の数:電荷密度としては-ρ )と湧き出す電場(電気力線の数:電荷密度としては+ρ )が等しい状態になるためです。
磁場(H )に関してはご存知のようにN極から出た全ての磁力線がS極に至る性質があるので、周囲の空間は至る所で(吸い込む磁場)=(湧き出す磁場)の関係になり(2)の式となります。
よって上記のMaxwellの方程式は電磁波(直流から高周波)においては
divD = 0 ・・・(1*)
divB = 0 ・・・(2)
rotE = -∂B /∂t ・・・(3)
rotH =∂D /∂t ・・・(4*)
となります。
ここで気になるのがrotという演算子ですが、rotA は、ベクトルA の方向に対する垂直面内における回転ベクトルを示しますが、ベクトルA とベクトルrotA は垂直の関係だということが重要な点です。よって式(3)、(4*)から電場E と磁場H は垂直の関係であるということと、電場E と磁場H の一方が減少又は0になると、他方も減少又は0になり、即ち伝搬する電磁波は減少又は0になるということです。しかし、式(3)、(4*)からは時間微分された電束密度D と磁束密度B ではないかと疑問を持たれる方もいるかもしれません。これは
D =D(r) ・TD (t) = ε E(r) ・TD (t)
B =B(r) ・TB (t) = μ H (r) ・TB (t)
とおいても(1*)~(4*)の式を満たすことができ、電場E 、磁場H の解とすることができるためです。よって、電場E 、磁場H のベクトル方向は時間の偏微分をしてもベクトル方向が変わることは無いのです。
(1*)~(4*)の式に対して、一方向(y方向)に進む電磁波(高周波のイメージで)の電場E 、磁場H について、ある条件を付けて解を求めると、
E =E x・exp{2πj( y /λ - f・ t) }
H =H z・exp{2πj( y /λ - f・ t) }
λ :電波の波長、f :電波の周波数
となります。この時のある条件とは、電波の伝搬方向(y方向)に対して電場E 、磁場H がベクトル成分を持たない(E y = 0 、H y = 0 )という条件です。実はこの条件が空間を伝搬する電磁波(基板上の配線を伝搬する場合も含みます)の重要な性質となります。電波工学ではこのような電波の伝搬形態をTEMモード(電波の伝搬方向に対して横方向に電場E 、磁場H がある)と呼び、電波を扱う上で重要な性質となります。尚、E y = 0 、H y = 0 ではない電磁波の伝搬モードも当然のことながら存在します。しかしEMCを対象とする場合は殆ど考慮する必要は無いのでこの場での説明は省略します。
今回は取りあえずこの辺で一旦EMC設計上重要な点をまとめさせていただきますと、
①電磁波の電場E と磁場H は垂直の関係です。
②電場E と磁場H の一方が減少又は0になると伝搬する電磁波も減少又は0になります。
③電波はTEMモード(電波の伝搬方向に対して横方向に電場E 、磁場H )です。
是非、心に留めておいて下さい。
昨今のDX(デジタルトランスフォーメーション)のトレンドの中、各セットメーカー様の製品設計の現場においても設計プロセス上の課題を解決するために様々な検討がなされ、DX(狭義)となるような設計プロセスの改革(レガシーな考え方からの脱却)を検討されていることと思います。 幾つかの設計プロセスの中には製品のEMC課題もあるかもしれません。課題解決のためのEMC設計に関しては、既にEMC関連ツールのベンダー様より製品設計の電子データの段階(デジタル)でEMC設計を行うためのツールが市販されており、そのツールを導入し製品設計の段階で適用すればデジタルの段階でEMC設計ができる状況ができ、デジタル技術利用はもう実現できている様に見えます。 実際にそうなのでしょうか?少なくとも私が経験してきた製品設計の現場では全くそのような状況ではありませんでした。また、他のセットメーカー様のEMC関係者とお話をさせて頂いた中でも、製品設計の現場でEMC関係ツールの運用が上手く行っているといった話は一つもありませんでした。 展示会やセミナー等ではツールベンダー様やツールベンダー様と大手セットメーカー様の共同でいわゆるカッコよくEMC課題を解決した資料の提示を目にします。こんなに上手く行くのであればセットメーカー様の担当者は是非導入したいと考えるでしょう。しかし、”実際はそう簡単ではない”、という現実をここ10年間見てきたように思います。 また最近、あるメーカー様では20年以上電磁界系の3Dシミュレータを駆使してEMC設計の確立を目指してきものの結局実現できず、新たな試みとしてシミュレータメーカー側の協力を得て新たな電磁界系のシミュレーション技術を構築して新たなEMC設計の確立(デジタル設計革新)を目指す、といったことも聞いたこともありました。設計する製品レベルでの不要輻射(EMI)を新たな3Dシミュレーション(デジタル)で可視化して試作(フィジカル)前に問題を解決しておく、という将に理想の設計プロセスを実現するということです。 しかしながら、製品設計の現場で20年もの間、人とお金と時間をかけて実現できなかったことを、シミュレータメーカー側の協力を得ただけで実現できるものなのでしょうか?むしろ、20年かけて実現できなかったということは、やはり”そのやり方はよろしくない”という結論を示しているようにも思えます。 ここ10年、20年のEMC課題への取り組みは製品レベルや回路基板レベルへの3D-Simの検討・解析が中心でした。このレベルでのEMI等の検討は既にかなり複雑な構成になっており、そう簡単には解析できないことを多くの技術者が経験してきたものと思われます。私も過去約10年そのような解析をやってきましたが、やはりEMC設計の確立につなげることはできませんでした。やはり、3D-SimによるEMC設計は誰もが思いつくレガシーな考え方なのです。 また、製品設計のプロセスの進め方としても、仮に事前のSimの段階でEMIのリスク(可能性)に気づいたとしても設計プロセスの後戻りをしてまでの修正を施すかどうかの判断は難しく、製品設計を計画通り進めることが優先され、修正しないまま設計プロセスを進めるといった判断になるでしょう。 そこで考えられるのが、製品レベルや回路基板レベルといった完成に近いレベルでの検討ではなく、製品を構成する各要素のレベルで検討する方法です。EMC設計に当てはめるなら回路図レベルや部材(電子部品、ケーブル等、基板上の伝送路等)レベルから検討して製品レベルのEMIのリスクを低減させていく方法です。 この考え方は、昨今の自動車メーカーの開発プロセスとしてよく紹介されているV字設計とMBD (Model Based Development)による方法を適用したものです。製品開発において3D等の大規模な開発システム(ツール)を適用するのではなく、開発製品における開発すべき項目を、例えば構成→モジュール→デバイスのような各レベルで分解して各項目のレベルにおいて、1D-CAE(1次元的 : Computer-Aided Engineering)等を適用してモデルとして検討して、上位のモデルを実現できる下位のモデルを検討する方法であり、電子データで検証する段階をデジタル、試作による検証する段階をフィジカルと呼び、デジタルとフィジカルの結果を比較検討することにより、製品開発の高精度化・高品質化・低コスト化・スピードアップを実現するものです。 EMC設計においても、製品レベルや回路基板レベルでの3D-Simのレガシー的な適用ではなくモジュール・デバイスといったレベル、特に回路図設計段階から適用させていくべきです。Simのモデリングのためのデータインプット(Digitization)が容易で、Sim検討も関係技術者なら誰でも短時間にでき、且つ結果の共有(Digitalization)も可能で、MBDにおける上位のモデル構築にデータの紐づけとして利用することができます。例えば、回路図設計のレベルでノイズのエネルギーの低減化を検討しておけば、より上位のレベルのモデルにおいてもそのノイズのエネルギーが増大することは無いと言えます。 当社のEMC設計のアプローチは将にMBDであり、それを実現する方法としてPD 、SD 、WDを提案しております。上記の1D-CAEはSPICE系Simに当たります。この方法によれば、回路設計者であれば誰でもオペレーションが可能で、設計すべき事柄が明確です。また、費用的にも3Dの電磁界系Simツールに比べれば低く抑えられると共に、ライセンスの本数としても複数用意し易いです。更に、EMI低減効果は確実に出ます。(その状況は電磁界Sim等で確認することが可能)
難点としては、今までの設計プロセスの進め方に比べると多少の変更が加わることです。そもそも新しい考え方を現場の担当者に受け入れてもらうのは難しいものです。例えば、今まで回路Sim (SPICE)をやったことがない回路設計者には辛いことかもしれません。しかしSimが使えるようになることは他の開発・設計のシーンでも活用できる、といった自身のスキルアップのモチベーションをもって取り組んで頂けたら、と思っています。 それでも、MBDの考え方でのEMC設計の取り組みは、その導入時においてデジタル段階での時間的なロスが生じてしまうかもしれません。しかし試作(フィジカル)段階に至って、効果のあるEMIの低減を実現できます。 当社のEMC設計は、レガシーからの脱却なのです。
EMCの業界誌の文献やハウツー本を読んでいると、ノイズの原因としてのノイズ電流の流れ方をよく説明しています。シナリオとしては回路基板上の配線パターンにノイズ(高周波)電流が流れることにより、その電流の周囲に高周波磁場を作り、これが不要輻射の原因になるというイメージを付加したモデルで説明しています。そのモデルに関してはここでは触れませんが、配線パターンを流れる電流についてここで触れてみたいと思います。
前述の文献やハウツー本の中では電流について、正の電荷の移動としたり、負の電荷の移動として、その負の電荷は電子であると解説したりして、電気回路の入門者や物理学から電気回路を始めた人々を翻弄させます。中学生位に”電流は電池の正極から負極に流れる”と習い、高校の物理や化学を習うと、”電気は電子の移動”となり、電流は”正→負”なのか、”負→正”なのかチンプンカンプンの状態で電子機器の設計に関わっている方々も多いのではないかと思います。教科書を書かれるレベルの諸先生の中にも、物理学が十分に完成されていない状況下で電気の極性を決めてしまいその結果、電気伝導を担う電子の極性を負にせざるを得なかった、等と説明される方もおられます。確かにそういった側面もあるのかもしれません。
しかし、私の見方としては電子の極性はむしろ正しく、何の矛盾もなく電気回路-電磁気学-物理-量子力学-化学の各学術領域を関係づけていると考えています。そもそも各学術領域では、自然科学的な現象を説明するためにそれぞれの法則等に基づいたモデル(→方程式が立ち計算できる)で説明されます。例えば電気回路では電流を単位時間当たりの電荷量の流れと規定するので、電子をわざわざ持ち出す意味は無いのです。(コンデンサの帯電で正側の電極に+Q、負側の電極に-Qが帯電するので帯電電荷量は+2Qでは?と悩んだことはありませんか?これは電磁気学の考え方なのです。)
では電磁気学ではどうか?電磁気学でも電子を扱う必然性がありません。そもそも電磁気学で最初に習うのは電荷(クーロンの法則等)です。また電気回路に最も近い領域を扱う分野は”定常状態”という条件下での振る舞いです。そこでは電流の扱いもあり、divD = 0の条件下(詳細については別の場で説明します。)となり、簡単に説明すると、電源から負荷に向かう一対の配線に正の電荷と負の電荷(電荷の絶対量は等しい)が対になって移動していきます。正の電荷が負荷側に移動するのはイメージし易いと思いますが、同時に負の電荷が負荷側に移動している状況は多少イメージし辛いかもしれません。これについては、当社の”EMC設計 背景説明“で詳しく説明します。(この点が電磁気学ではコモンモード電流が存在しない理由になります。)
物理学(特に物性物理)の領域に至って電荷での説明では困難を生じるので電子(ドナーと呼ぶ場合もあります)を用いるようになります。これと対になるのが正の電荷を示す正孔(アクセプターと呼ぶ場合もあります)ですが、これは電子のような粒子ではなく電子が抜けたアナなのですが電子と同様な粒子性と波動性(量子力学的)を示し、これらは化学で言うところの電気伝導に関係するイオンや不対電子となります。これらにより物理と化学では電気の説明について矛盾なく結びつきます。
では電気回路との関係はどうでしょうか?単純な例として電池(直流)で作った回路で説明します。電池の負極から電池内部の化学反応により回路側に向かって電子が流れ出します。これと同時に電池内部の化学反応で流失した電子を補うために、電池の正極は回路側から電子の取り込みを行います。この状況をよくイメージしてください。電子(負の電荷)を電池の正極から取り込む(流出の逆)ということは結局、正の電荷を回路側に送り出しているのと等価であることに気づくでしょう。即ち、電気回路の領域では電源の正極から回路に向かって電流(正の電荷)が流れると考えることに何の問題もないことがわかるでしょう。
現象を説明するモデルがどういった学術領域からのものかを意識すると、変な横槍に対抗することができます。EMCの現象を説明するモデルについても同様です。電気回路の立場からか、電磁気学の立場からか、よく考えておきましょう。
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通常EMC技術者は放射ノイズ(EMI)対策に関して、その3要素、”①ノイズ源”、”②伝送路”、”③アンテナ”を挙げるでしょう。故に、EMI対策の基本は”①ノイズ源のパワーを抑える”、”ノイズを②伝送路で遮断する”、” ③アンテナとなる筐体(フレーム)・ケーブルの形状をノイズ放射し難い形態にする”、といったことを検討します。しかし、①につては、IC内部の半導体のスイッチング特性(スルーレート)等によるものなので、セットメーカーの設計者としては調整の余地はありません。特に最新のICは半導体の微細化によってスルーレートが上昇し、動作クロックに関係なく不要輻射となるノイズのパワーは上昇しています。また③については設計する製品の外観・コンセプトにも関わる事になるので、EMI対策のためにフレーム(筐体)を変更するなどということは極めて難しいと思われます。そもそものEMI対策を考慮した製品のフレーム形状などというような設計要素を提案すること自体が困難です。
そこで、通常は②に注目してEMI対策するということになります。最もよく使われるのがEMC対策部品を伝送路上に付加するということになります。しかし、上手く行く場合もあれば、そうは行かない場合もあります。現場でEMI対策するEMC技術者は何とか担当する機器を次工程の設計・評価に送り出すためにあの手この手の調整を②に対して行い、何とかEMI対策を完遂していきます。本当に感心します。
ただ、こういったEMC技術者に対してもう少しノイズについて理解しておいて頂きたいことがあります。ごく当たり前のことなのですが、ノイズも電磁波であるということです。即ち、ノイズは空間を伝播する電波(電磁波)であると共に、回路基板上の配線においても電磁波であるということです。ノイズが電磁波であるということは、電磁気学的な振る舞いをするということと、電磁波であるので伝搬モードを持ち、波動性を持っているということです。これらを理解するためには、やはり専門的な知識の習得が必要となります。(専門的な知識よりも実践方法を熟知し、結果を出せればよいという考え方もあると思います。結果として課題が解決していれば問題はないのですから。)
前述の③アンテナについても電磁波の出入り口の中心となる給電点(Feed Point)の考え方が重要です。アンテナと言っても電波の送受信の機能を果たす装置としてのアンテナに比べて、ノイズを放射するアンテナ(機器のフレームやケーブルを素子(Element)とする)の電磁波放射性能は極めて低いのです。実はこの低さが機器のフレームやケーブルを多少変更してもEMI対策として効果が上がらない理由にもなっています。そのためアンテナの形状(素子)に目を向けるよりも給電点に注目することが重要になる訳です。
また、電磁波を検討していく上で近傍界と遠方界という放射源と受信点との間の距離における変化点があります。詳細については別の機会で説明しますが、EMIとして測定されるのは遠方界の電磁波であり、評価機器から距離3m或いは10mでの電界強度(dBμV/m)として評価されます。EMI対策に際して近傍界プローブによるスキャン解析を使うEMC技術者は特に近傍界と遠方界の違いをよく理解しておく必要があります。時としてそのような近傍界解析に費やす時間が無駄になる場合が出てくるためです。
ノイズは電磁波であることを理解して頂くことで、ノイズが如何に機器から放射されるかというメカニズムも理解できるようになります。これらの詳細については当社の”EMC設計・背景説明”の中でご説明致します。また、伝送路においてどのような対策をすればよいかを提案しているのが当社の”PD適用”や”SD適用”です。是非、ご検討頂きたいと思っております。
因みに、回路基板上の配線に関してEMC関連の文献やハウツー本で、配線長が長くなることによる配線のループアンテナ化に関する記載がよく見られます。確かに配線パターンの見た目からループコイルで磁界を放出するイメージを持っているのかもしれません。もし仮に、高周波帯(UHF帯以上)で使われるループ形状のアンテナ(ループ八木アンテナ)をイメージしているとしたら、そのループは磁界を検出する機能ではなく、電界を検出する機能としてのループ形状です。実際のループ八木アンテナは全エレメント(素子)を電波渡来方向に向けて、各ループの開口面を電波の電界と磁界の方向に対して平行の関係にしているので、磁界検出では無く、電界検出のエレメントとして機能します。
また、1ターンのループコイルをイメージしているとするなら、コイルの開口面を通過する磁界を検出するプローブと解釈することは可能です。しかし、プローブはアンテナと異なり、遠方界の電磁波を放出することはできません。これはコンデンサやコイルがアンテナにならないのと同じです。アンテナをよく理解されている方は、送信・受信は等価であるということをご存知でしょう。しかし、これはあくまでアンテナにおいて成り立ち、プローブでは成り立ちません。これらの詳細につきましては次の機会に解説したいと思います。
述べておきたいことは、回路基板に対する近傍界解析×ループ形状の配線→ノイズ放射、というようなイメージの結論からはEMI課題を解決できないどころか、大変な迷走の道に向かう危険性があるということです。
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EMC設計を解説する際、GND(グランド)は非常に重要なワードです。かつて私が見てきた現場のEMC担当者には、EMC評価にかけた機器の不要輻射(EMI)対策を行っている時などに、放射するノイズを何とか機器のGNDに落とし込むイメージを持って取り組んでいる担当者もいました。しかし、そのようなイメージに沿った方策で十分な効果が得られず、より効果の上がるノイズ対策の捻り出しに苦労する担当者もいました。
彼らは” GNDにノイズが流れ込んでいる”とか、”GNDパターン(電極)が揺れている”とか、あたかもノイズは流体のように流れ、GND電極の中へ流れ込ませるたり、流れ込んだノイズがGNDパターンの中で暴れたりする(共振のようなものか?)イメージを持っていたのでしょう。それ故か、GNDパターン内(電気回路的に電位差が無い領域)にコンデンサやビーズが入れられている回路的に奇異なEMI(?)対策した例を目にすることがありました。何とかEMI対策したいという思いから捻り出した方法だったのかもしれません。それでも彼らは何とか問題の解決策を見出して設計中の機器を次の設計段階へ送り出して行く姿は本当に凄いと思いました。
ただ、私としてはそんなEMC担当者にもっと役に立つGNDに対する情報や考え方を持てていれば、という思いがあります。
EMC担当者が機器のEMIの原因を考える上で当てはめるモデルは回路モデル(当社の一連の技術解説の中の”6. “で説明)です。この回路モデルにおいてGNDは大きさ・長さの概念は無く、且つ電位は0Vで、回路モデル内のノード(配線)でGND接続するノードは全て0Vになります。しかし、実際の機器のGNDは大きさ・長さを持っており、EMC担当者は実際の機器の状況と回路モデルの差を埋めるための調整・修正が必要と考えます。EMIの対策として”GND強化”と称してGNDパターンを大きく・太くするといった調整は代表的なものでしょう。
これは業界の文献やハウツー本等での、GNDによるEMI対策の説明の影響が大きいと思います。その説明では、先ず神様的な絶対0V となるシステムグランドを想定して、その絶対0Vが劣化(?)してしまうフレームグランド、更に0Vが劣化(?)してしまうシグナルグランド、等とGNDを分類します。実際の機器はその形状に伴うフレームのサイズや、機器のパワーケーブルの長さ、更に機器の回路基板におけるGND電極パターンの形状等、GNDと導通関係にある金属物はそれぞれがインダクタンス成分を持つので、ノイズとなる高周波電流がそれら金属物を流れるとそれら個々のインダクタンス成分により電圧を生じ、それがノイズ電圧となって放射されるとしています。(どういったメカニズムでノイズ放射するかは不明です。)そのため、回路基板の設計においては特に”配線パターンはできるだけ短くする”ということがよく言われます。配線パターンはノイズ電流の伝送路としても機能するので配線パターンのインダクタンス成分を低減させる、という考え方でしょうか。しかし、全ての配線パターンにそんなことができるわけはなく、いわゆる努力目標でしかありません。
また、EMIの要因とされる”グランドバウンス”というEMC関係者がよく使うワードがあります。これは回路基板内のGND電極上で生じる電圧変化であって、ICの動作時の急激な電流変化により生じるとされ、この時生じる電圧変化がEMIに繋がると考えられています。(これもどういったメカニズムでノイズ放射するかは不明です。)この電圧変化はどこの電位に対する変化なのでしょうか? 今までの記述の中なら絶対0Vのシステムグランドの電位に対するものと考えるべきでしょうか?
このようなGND絶対主義的な回路モデルを使った機器EMIの考え方に、私は違和感があります。
電磁界解析ツールで機器のフレームや基板に流れる電流を観察していくと気づくのですが、マクスウェル方程式に基づくモデルでは、GNDという概念は無いように思われます。即ちGND側の電極は単に活線となる電極の対向極でしかない、ということです。確かに、電磁界解析ツールにおけるSimモデルの境界条件として、モデル空間の周囲を0Vとすることはあっても、機器のモデルに配置する信号源の一方を接地する必要はありません。また、モデル空間の周囲を0Vにするとしても、電磁界解析する対象物のモデルに生じる電磁界に影響を与えるものではなく、またその影響が小さくなるように解析するモデルの領域の大きさを調整します。
このような電磁界解析の結果では、回路モデルで説明される前述のグランドバウンスを観測することはありません。これは信号の伝送路を構成する活線とGNDにおいて、電流が活線とGNDに対の形で流れ(但し、電流の向きが互いに逆方向)、活線とGNDそれぞれのインダクタンス成分により発生する電圧が互いにキャンセルされるためです。そのため、信号源の矩形波信号は略その電圧を維持して負荷に到達します。また、配線長にも依存しません。従って、グランドバウンスとは何か、単に回路モデルによる説明の産物なのか、少なくともEMIの原因として重要視すべきものではないでしょう。
そもそも、不要輻射は電磁波であるので、高周波ノイズの電磁場の状態によってその放射状況を考察すべきです。GND強化として、”GNDパターンを大きく・太くする”というのは高周波ノイズの電磁場の状態を変化させるための操作・調整とも考えられます。こういった考え方の詳細につきましては当社の” EMC設計 背景説明”のセミナーで説明いたします。是非とも聴講して頂きたいです。
回路図モデルによるEMIの説明にはいくつかの不都合な点があります。その最大の課題は空間を伝搬する電波についての概念がないことです。そのため、どうしても解説者にとって都合のよいイメージが入ります。コモンモードもそういった類ではないかと考えております。これについてはまた場所を改めて解説したいと思っています。
実際のEMIを考える上ではやはりマクスウェル方程式に基づくモデルの考え方の方が回路モデルによる考え方より現実に近く、EMC関係者それぞれがイメージする余地を小さくして共通の考え方を持てるのではないか、と考えています。それは即ち、EMC関係者間のミスコミュニケーションを少なくし、EMC課題の早期解決に役立つものと考えています。
回路シミュレータを使って回路の計算を行う際、IC等の回路部品やLCR等の回路素子を回路シミュレータが読み込める形式にしたものをモデルと呼んでいます。一般的にはファイル形式で部品ベンダーから提供され、我々はそれを回路シミュレーションに利用しています。このモデルという言葉はとても便利なもので、自然科学・社会科学における様々な現象を説明する上でも使われています。ある学術の分野において特定のモデルが完成すれば、その分野の現象・事象の説明に適用でき、また時間軸の特性を持っていれば、過去の現象の解析や将来の予測(シミュレーション)ができる、ということになる訳です。
但し、こういったモデルが幾つか存在していても、各モデル同士が上手く連携できるかどうかはケースバイケースでしょう。当社が扱うEMC設計における不要輻射(EMI)では、それを説明する学術分野として、電気回路学や電磁気学を用いることになります。しかし、この2つの学術分野の各モデルの今までの使い方は、実際のEMC設計にはあまり役立たない、ということをご存知でしょうか?
EMIについて多くの方々が説明に用いているのは電気回路学による電気回路モデル、即ち信号源(モデル)・伝送路(モデル)・負荷(モデル)です。基本的にキルヒホッフの法則に沿った回路モデルであり、計算しようと思えば各ノードの電圧・電流を解くことができるものです。しかし、EMC関係の方々の回路図モデルでのEMIの説明は、殆どがそれぞれの方々のEMIに対するイメージを回路図モデルに付けて解説されるだけなので、概念的なものでしかなく、当然のことながらEMC設計には程遠いものです。そもそも、キルヒホッフの法則には電磁波放射に関する概念は無いので、回路モデルから計算によって放射電磁波の電力を見積もることはできないのです。ノイズ放射のメカニズムについて解説者のイメージで説明されている記事をよく目にします。
ハウツー本等では、ディファレンシャルモード放射、コモンモード放射の式が紹介されており、ノイズの周波数や配線に関わる寸法から放電磁界強度を計算する方法が紹介されています。しかし、特に重要視されるコモンモード放射に関してコモンモードの電流の値を如何にして求めるか、が既に大きな課題です。それらの式はそれぞれのモードの電流によるノイズ放射の傾向を説明するものであって、EMC設計としては使えるものではないと思われます。結局、設計者にコモンモード電流を起こしてはいけないという意識づけをするためのものでしょう。
一方、先のEMIを電磁気学で説明、更には放射電磁波の強度も計算するといった方もいるでしょう。方法としては電磁界解析ツールを使ったシミュレーションで、そのモデルとして信号源、回路基板上の伝送路のCADモデルに回路負荷を付加し、更に、対象機器の金属フレーム等のCADモデルと共に、機器周囲の空間を含めてSimモデルを作成して、そのSimモデルの領域にマックスウェルの方程式を適用してSimモデルの領域の高周波電磁場を解きます。これにより、ノイズ放射レベルとなる遠方界の電界強度を計算することができます。また、回路基板上の伝送路や機器の金属フレーム上の表面電流の状況(近傍界)を観察することもできます。
しかし、得られたこれらの計算結果から、何がEMIにおける主たる原因であったかを電磁界解析ツールは示してくれません。よって、シミュレーションを行った担当者がイメージを膨らましてその原因を説明することになります。また、どうすればEMIが改善するかについても担当者が考えます。EMIの原因解明及び改善については元のSimモデルの調整等を独自に行って、原因解明・改善の確度を高めることができますが、Simモデルの編集とその計算に長時間を要します。そのため、電磁界解析ツール利用は機器の設計段階での進捗度合に合わせるのが難しく、EMC設計向けに利用するのは不向きと言えます。そもそも実施したシミュレーション結果(即ち、Simモデル)が正しいのかどうかも問題なのです。なぜなら作ったSimモデルが適切であったかどうかの検証は実測結果との比較により行うものだからです。
私が扱った電磁界解析ツールの計算結果は、実際の機器のEMI試験(3m/10m離れた場所の電界強度)の結果にピッタリ合わせることはできませんでした。実際に動作している機器でのノイズ源の状況を電磁界解析ツール上でシミュレートできなかったからではないかと思います。しかし、ノイズ対策を施した際のビフォーアフターの比較において、その変化傾向をシミュレートすることはできておりました。
また、電磁界解析ツールの計算結果において回路モデルで触れたようなコモンモードの電流を確認することはありませんでした。これはマックスウェル方程式から電流は必ず異なる2つの極性の電極によって流れていくことが導かれる(詳細は当社“EMC設計 背景説明”で解説)ためで、1本の電極で電流が自由に流れることはできないのです。また、回路モデルの説明では2つの極性の電極の一方の電極(いわゆる活線)に行きの電流が流れ、他方の電極(いわゆるGND)に帰りの電流としてリターン電流が流れることになり、特にリターン電流をあたかも独立したもののような扱いでいろいろ解説がされています。しかし、電磁界解析ツールの計算結果では、上記でいうところの行きの電流とリターンの電流は揃った形態で伝搬します。“行って帰る”の関係ではないのです。但し、リターン側は行き側に対して位相が180度ずれている関係(詳細は当社“EMC設計 背景説明”で解説)になります。
従来のEMIの解説では、“コモンモード電流”、“リターン電流”は重要なキーワードとして回路モデルの中で使われてきました。“なぜ機器からノイズが放射されるか”をEMC入門レベルの方々に紹介するには便利だったのかもしれません。実際の現場のEMC担当者もEMIの課題が出てきた時に、それは“コモンモード電流が流れるためだ”とか、“リターン電流の設計がいけない”とかを見出すと課題が半分解決した気になっているようでした。ですが、実は何の解決にもなっていないのです。どう対策するかの具体策が自動的に出てくる訳ではないからです。
当社が紹介する”PD適用”、”SD適用”は計算(シミュレーション)によって放射ノイズレベルの傾向を把握することができます。コモンモード電流、リターン電流といった概念や言葉はありません。機器・装置の回路図設計段階でのEMC設計に是非、ご検討ください。
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WD は回路設計者・回路基板設計者・EMC 技術者に是非ご説明したい、機器・装置の設計において回路図設計段階から回路基板(配線基板・プリント基板)のCAD 設計段階へ進める際に行うべきEMC 設計です。特に、回路基板のCAD 設計を外注委託されている機器・装置のメーカー様には是非ご検討して頂きたい設計です。WD とはWiring Board Design for EMC の略称です。
セットメーカー様においては、機器・装置の設計レビュー等の検討会を経て回路図を正式承認して、回路基板(配線基板・プリント基板)のCAD 設計段階へ進める許可を得る、といった関門を設計部門の中に設けて機器・装置の設計→ 試作→ 量産の各ステージを進めていると思います。そして、回路基板のCAD 設計段階へ進んだ後、そのCAD データがあがってくると、関係者で目視検図、あるいはメーカー様によってはEMC チェックツール(チェッカー)等を使ってデザインルールチェックをされていることでしょう。その時、もしEMC 的に問題(かもしれない)箇所が見つかった場合、容易な修正であれば、その修正を実施するでしょう。しかし、多少大きな変更を伴うパターンの修正については、多分その修正を実施しないでしょう。何故なら、修正のための時間のロスと費用(工数)のロス(外注設計ならなおさら)が生じ、且つ再検図の時間もかかりますから、機器・装置の設計→ 試作→ 量産のスケジュール管理者としてはその遅れを回避し、先に進めることを優先するでしょう。
どこのセットメーカーでも同様ではないかと思うのですが、設計のスケジュールには後戻りのような予備的な時間は初めから設けてはいないでしょう。そのため、設計のスケジュールを守るために設計上多少問題があったとしても” その問題を解決しながら” 、を条件に次なる段階へ進めるのでしょう。基本的に工程に後戻りはない、させない、という意気込みで設計の現場の方々は仕事に取り組まれていると思います。
こういった仕事の進め方の下で、先ほどの回路基板CAD の検図の話に戻ると、目視による方法は、個人差× 検図対象箇所の曖昧さ× 重要度評価差、等があるために、十分に意味のある検図ができるか、不安定要素だらけです。これに対し、EMC ルールチェッカーの適用は自動化と共にチェック対象の明確化が期待されます。しかし、このチェッカーは回路基板CAD の回路自体を理解することは無いので、チェック対象の配線につけられている配線名から信号ライン、電源ラインを判別してEMC 設計としてそれぞれに相応しいデザインルールと比較します。そして回路基板CAD のチェック対象のデザインに対して、EMC リスクを判定してくれます。そのため、回路図の配線全てに名前がついている必要があります。これが結構面倒で、時間が掛かります。
また、チェッカーは各ラインのデザインに対してEMC リスクを判定してくれますが、重み付け的な判定なので、ユーザー側がチェッカーのリスク判定(重度・中程度・軽度等)に対してどう対応するかを判断しなければなりません。更にチェッカーは、ユーザーが設定するルールチェックの項目数にもよりますが、非常に多くのチェック箇所を指摘してくれます。回路基板の大きさによっては1000 箇所以上にもなります。チェッカーベンダーの考え方としてはできるだけ多くのリスク情報をユーザー側に提供したいのでしょう。ユーザーにとってそのチェック箇所を確認するだけでも結構大変な場合もあります。そういったチェック箇所に対して、中度・軽度だからといって簡単に無視してよいのか、重要と判定されても大きなパターン修正を伴う場合、設計スケジュールを遅らせてまでも修正を行うべきか、実際の設計現場では非常に難しい判断をしなければなりません。
例えば、回路基板設計におけるEMC 設計の有名なルールとして信号ラインの”GND 跨ぎ禁止” 、” 電源跨ぎ禁止” があります。このルールを守れないとEMC ルールチェッカーでは” 跨ぎ” を生じている箇所を指示してEMCリスク”高”を警告します。しかし、4 層基板などでは、通常2 層目をGND 層、3 層目を電源層とするので、4 層目の長い信号ラインは必ず”GND 跨ぎ” や” 電源跨ぎ” が生じます。もし、このルールを回避出来なければ、4 層基板を試作してはいけないのでしょうか?
実は、信号ラインの”GND 跨ぎ” や” 電源跨ぎ”が あってもEMC 設計としてリスク回避可能なパターニング方法があります。かつて私が依頼した回路基板CADの 設計者は、それに気付いていたのかどうかはわかりませんが、そのパターニングを回路基板に実施しており、その回路基板ではEMI の問題は起こりませんでした。たまにEMC 関係の方で、そういった跨ぎの箇所でコンデンサを追加してGND や電源パターンを交流短絡する方法を紹介したりしていますが、そんなことをする必要は全くありません。詳細については当社のWD 提案の中でのセミナーで解説いたします。
セミナーでは、個々の回路基板のCAD 作成時にEMC 設計(デザインルール)を個々の回路基板ごとに回路設計者やEMC 担当者が回路基板設計者にCAD を依頼する時に作業指示書(リスト)を作成することを提案します。その作業指示書があれば、CAD 作成上で実施すべきEMC 設計が回路基板設計者にとって明確になり、また出来上がったCAD の検図を行う際に回路設計者やEMC 担当者にとって検図のチェック箇所の対象が明確になります。(尚昨今では、回路図と基板デザインとの回路の対応(LVS )や基板デザインの製造に関わるデザインルールチェック(DRC )は、CAD システム側から自動でチェックしているので検図の対象では無いでしょう。)また、そういった回路基板のCAD 作成・検図に関する作業指示書が残されていれば、後工程で実機のEMC 試験時問題が生じた際、現場のEMC 担当者にとって問題解決のためにその作業指示書が大いに役立つでしょう。
EMC チェックツールを導入したものの、結局設計の現場で使われなくなる状況をいくつか目にしてきて、本当に役立つ回路基板でのEMC 設計とは何か、を私は模索してきました。現在、回路基板(配線基板・プリント基板)でのEMC 設計をいかに実践していくかをご検討中の方々に、是非当社のWD をご提案したいと考えております。
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ESD2 は、可動部を有する機器・装置のメカ設計者・エレキ設計者に是非ご説明したい、機器・装置の設計段階でできる(やるべき)EMC 設計です。また、稼働中の機器・装置が時折原因不明の不具合を起こしている際に、原因として静電気(静電気放電)が疑われる時に、それを確認する方法として必要な知識と対策の仕方を提供します。
ESD2 とはESD Design の略称です。ESD (Electro-Static Discharge) は静電気放電を意味しますが、一般的に静電気と言うだけで、電荷による帯電からいわゆるスパーク(火花)を伴う放電も含んでしまうので、ここでの言葉の使い方として、静電気放電で、火花を伴う状況を火花放電と呼び、一般的に呼称されるESD とします。(火花放電=ESD )火花を伴わない放電(例えば除電等)も存在しますがここではそういった放電はESD の範疇の外とします。また、上述の不具合がもし静電気である場合は、火花放電(ESD )が原因となります。しかしながら、ESD を疑ったとしてもその性質や静電気に関わる知識がなければ、どういう原因解析するか、更にどういった対策をするのか、といったことを決めることができません。
私の経験ですが、こういった不具合が機器・装置に発生した際、大概エレキ側の問題にされ、エレキ側が原因解析を担当することになります。静電気の現象は大抵の人にとって生活の中で身近に経験する現象なので、それぞれの人が好き勝手に静電気の現象メカニズムをイメージします。このことが静電気説で問題解決を進めようとする上で大きな障害になっていきます。原理原則に基づかない自分勝手な仮説(というより単なるイメージ)なので、原因に行きつくことができず、悪いことにその仮説に固執し新たな展開をしようとするので、不具合解析は全く進まず、時間ばかりが過ぎ、あっという間に1 年、2 年が過ぎ、担当者が代わってまた同じようなことを繰り返す、それでも不具合解析ができていない、という状況をいくつも見てきました。担当者は一度仮説立てると大抵他の意見に耳を傾けようとはしないものです。
そこでのそういった担当者に何とかESD2 の考え方を取り入れてもらって、不具合解析に当たってもらうと、1 年近く解決できなかった不具合を半日の内に原因解析ができ、即ち、ESD が生じていることを観測でき、その日の内にその対策も立てることができた、ということもありました。
こういった不具合の原因は、実は殆どが機器・装置のメカ設計に起因する問題でした。ですので、ESD2 ではメカ設計をどうすべきかを提案しています。それ程複雑なものではありませんが、設計ルール的な考え方で、設計段階でチェックしておくことが重要なのです。
ESD は電磁気学的背景と放電学的現象として火花放電の形で我々の前に現れます。そのことを是非メカ設計者やエレキ設計者に理解して頂きたいです。馴染みが無いかもしれませんが少なくともパッシェンの法則の理解は最低限必要です。
また、ESD を語る時、” 電荷” で説明される方がいますが、原理原則に従って解説しているうちは問題ありません。しかし、この” 電荷” について、” 電荷は〇〇したがっている” とか、どこからか湧いてきて帯電、またどこかに消えて行って放電、するかのような仮説とか、” 電荷” は” 電子” であるとして絶縁体表面を電子が移動するとか、除電ブラシが絶縁体上の電子を掃き取っている、等と思い込んでいる方もいたりして。こういった方々には当社のESD2 は先入観の解きほぐしになると思います。
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SD 適用は当社が機器・装置の回路設計者に是非提案したい、回路図検討段階でできる(やるべき)EMC 設計です。
SD とはSI Design for EMI の略称です。SI (Signal Integrity) は基本的に回路基板上に実装されるIC 間で回路基板上の信号ラインを介して送受信する信号の波形品質を評価する方法であり、回路基板上の信号ラインのSim モデルと、それぞれのIC の送受信バッファーのSim モデルを使って、IC 間の送受信端側での波形を評価するSim モデルを作成して、IC の動作と実装した回路基板上の課題の有無を確認します。
シミュレータとしてはSPICE 系の回路シミュレータで、信号ラインのSim モデルはSPICE モデルあるいはS パラメータ(シミュレータによる)を使います。また、IC の送受信のバッファーはIBIS モデル(IC ベンダー提供)を用います。特に送信側については、トランジスタモデルであるHSPICE が利用できる場合(シミュレータによる)もあります。受信側のバッファーモデルはIC ベンダーより提供されない場合があり、ゲート容量として数pF のコンデンサで代用します。IC ベンダー提供のIBIS モデルは通常特に説明もなく渡される場合があるので、Editor 等でファイル中を確認した方がよいでしょう。尚、HSPICE の場合は通常はIC ベンダーがマニュアルをつけてくれるはずなのでそれを参考にしてSim モデルに組み込みます。
同一基板上の各IC の送受信端側での波形を評価するSim モデルでは、いわゆるダンピング抵抗を信号ラインに挿入させ、ダンピング抵抗の抵抗値を調整して信号波形におけるリンギングを低減させると共に、信号波形のsetup/ hold time 等を評価します。
しかし、このSI 評価ではEMI の評価としては十分ではありません。一般的なSim 結果の評価として、信号波形にリンギングがあるとそれが不要輻射(EMI )の原因になる、とよく言われます。” なんで?” と、疑問に思ったことは無いでしょうか?
また、メイン基板側に信号送信側のIC があって、信号がメイン基板からハーネス(FFC 等)を介してサブ基板にある受信側のIC に送られている構成では如何でしょうか? この時波形におけるリンギングは非常に大きくなり、条件によっては受信側IC の入力端のゲート電圧の制限を超えるリンギングが発生します。実はこの構成は、EMI (ノイズ放射)のリスクをかなり高くします。
この構成のEMI (ノイズ放射)については和田教授(京都大学)のいくつかの論文で紹介されています。(和田モデル 論文では電源ラインの例で説明しているが信号ラインにも適用できる。 当社の“EMC 設計 背景説明” のセミナーでそのメカニズムを説明します。)
このようなSI 評価をEMI 評価に展開させ、更にEMI 対策する方法を提供するのが当社のSD 適用です。ソフトウェアベンダー供給の有名SI ツールではそういった評価事例・対策設計等はありません。しかしながら実際の機器・装置等での信号ラインによるEMI 課題はこのような構成の時に顕著になるのですから、EMI 課題の検討(EMC 設計)を回路図設計段階で検討しておく必要があるのです。実機評価の際にむやみにビーズ素子やコンデンサを信号ラインに追加装着する手間を削減できます。
また、巷のハウツー本等では、波形におけるリンギングはIC の出力バッファー、信号ライン及び負荷のそれぞれのインピーダンス間での不整合によって生じると述べています。確かに、アナログ高周波の回路設計の基本中の基本の考え方で、誤りではないですが、CMOS デジタルの回路にはそぐわない考え方です。
各IC の信号をシングルエンドの信号でやり取りする場合について説明します。信号の出力段を考えた場合、アナログ高周波は連続波(Continuous Wave )を扱うので信号の出力段は常に動作状態になります。これに対し、CMOS デジタルの矩形波ではVL (低電位)とVH (高電位)に遷移する時のみ信号の出力段が動作するいわゆる間欠動作の状態になります。この点が最も大きな違いです。したがって、信号出力段の出力インピーダンスを定義できるのはアナログ高周波の場合だけなのです。これに対しCMOS デジタルの信号出力段は間欠動作なのですが、動作している時間帯だけ出力インピーダンスが定義できるのではないか、と思う方がいるかもしれません。しかしながら、動作している時間帯の主たる時間帯で、CMOS バッファーでは構成するトランジスは定電流源として機能しているので、一定の出力インピーダンスとして扱うことはできないのです。このようにトランジスタが定電流源となることで定電流源の大きさをCMOS バッファーの駆動能力(Drivability )を表す指標となり、矩形波の立ちあり/立下り時間の長さに影響を与えます。いわゆる“ 何mA バッファー” として設定されます。
更に、ハウツー本の類では、伝送路を50Ω で設計して、負荷としてのダンピング抵抗を50Ω 程度に設定すればよい、というような説明も見られますが、これはあまりにもアナログ高周波に偏った考え方です。
信号ラインの構成については、CMOS ロジックの回路基板では回路基板の製造工程の能力に沿った最小幅のライン/スペースの構成で全く問題ありません。ラインインピーダンス50Ω で信号ラインを構成すると、回路基板の実装面積を無駄に消費し、高密度の実装の弊害になります。また、ダンピング抵抗の抵抗値についても定石のようなものではなく、SI 評価によりCMOS バッファーの駆動能力(Drivability )や信号ラインの条件に合わせて決めるべきものです。ちゃんと評価すればEMC 対策部品の使用個数も削減できます。特に信号ラインではビーズ素子は不要にできます。
信号ラインのSD 適用はシングルエンド編と高速差動線路編があります。高速差動線路に関する説明は場を改めて説明いたします。ただ、差動線路と聞くと高周波アナログ的な考え方(いわゆるバラス信号と考えている方も)で解説される方が多いのです。やはりCMOS デジタルの取り扱いとしては好ましくありません。
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