不要輻射(EMI)ノイズの発生メカニズムとして、EMC関係の解説書やセミナー等では図-1に示すように、ノーマル(人によってはディファレンシャル)モードとコモンモードというノイズ電流の流れ方があるから、とされています。このコモンモードに関して、如何なるものか、検討してみました。
その前に、ここでの言葉の使い方で、ディファレンシャルモード/コモンモードについてですが、それらは本来2つの信号源及びそれらの伝送路を使った信号伝送(一般的には差動伝送)において定義される成分の波動モードに対する呼称であり、EMC関連で説明されるものとは本質的に異なりますので、上記のノーマル(当たり前)モードは良いのですが、コモンモードは差動伝送のコモンモードと混同しないように”EMCコモンモード”と呼びます。
さて、本検討のEMCコモンモードですが、当方にとって下記2つの疑問があります。
①EMCコモンモードの電流を流す起電圧源はどこにあるのか?
②そもそも何故EMCコモンモードが存在するのか?
①に関して、セミナー等で講師に質問したことがありますが、“〇〇(EMC関連の本)の☓ページを読んで下さい”と自らの勉強を促されたことがありました。勉強してから来いということですね。それはさておき、 ②にも関連しますが“ノーマルモードからコモンモードへ(その逆も)の変換が起きるから”、また“その変換は伝送路間の接続箇所(基板配線とケーブルの接続とか基板内配線でも配線幅が変化する箇所等)で生じ、その箇所が起電圧源となる”とよく解説されています。人によってはループ配線や配線周囲とフレーム等との浮遊容量が起電圧源になると考えているようですが、さすがに誘導性・容量性のパッシブ素子成分が電圧源になるというのは無理があるでしょう。
さて、前述したモードの変換については差動伝送におけるモード変換(ミックスモードSパラメータで説明される)に合わせたような説明で、Hot(信号/電源)ラインとGNDラインの一般的な伝送路に、フレームGND・システムGNDなる概念極を加えた疑似差動線路を構築することにより前述のモード変換を起こす構造があると考えられているようです。
しかし、そもそも差動とは異なる単一信号源とその伝送路(シングルエンド)において差動におけるモード変換を当てはめるのは無理があります。また、モード変化を起こす箇所に関して言えば、その箇所は伝送路のインピーダンスが変化する(インピーダンス整合が崩れる)点であり、その点で生じるのは反射波であって、その反射波もやはりノーマルモードであり、EMCコモンモードではないのです。
この状況を電磁界シミュレータ(CST Studio Suite LE)で検証してみます。
図-2はそのシミュレーションモデルで、2本の導体ライン(HotラインとGNDライン)の一方の端に信号源、他方の端(負荷側)は開放として、信号源側から負荷側に向けて電流が流れるようにすると共に、GNDライン及びHotラインの下部にGND板(ベタパターン)を置き、このGND板は信号源側においてGNDラインと接続(短絡)させて、図-1に示したEMCコモンモードの回路モデルに相当する構成にしてSimしてみました。
図-3はその結果であり、HotラインとGNDライン、GND板周囲に表示された➡は電流の分布状況を示しています。尚、その➡の大きさや色は電流密度の大きさを示し、➡の向きは電流の流れの方向を示しています。図中、左側の信号源からの電流の流れだしに対して0.4ns後の電流分布の状況を示しています。
特徴的なこととして、先ず電源側からHotラインとGNDラインの負荷側に向けて電流分布が移動していくことと、GNDラインにおいてはHotラインとは逆方向を向いた電流が移動していることです。(図をズームして観て下さい。)この理由については“25. これがグラウンド(GND)を流れるリターン電流!”を参照して下さい。
次に、HotラインとGNDラインに同方向に流れる電流を見出すことができないということです。即ち図-1に示したEMCコモンモード電流Icに相当するものは観測できないということです。
そして、GNDラインとGND板には同方向(同じ向きの➡)の電流が流れるということです。これは図-1で解説されているEMCコモンモード電流Icの流れの向きとは全く異なる点です。これはGNDラインとGND板とが同電位の関係となるため、当然の結果と言えます。図-3ではHotライン下部のGND板上には電流が分布しますが、GNDライン下部のGND板上には電流が分布しません。これはGNDラインとGND板間が同電位で電界が生じていないためなのです。
電磁界Simの計算結果としては
|Hotラインを流れる電流|=|GNDライン+GND板を流れる電流|
EMC関連の記事の著者やセミナー講師の方々は、EMCコモンモードは測定することはできないと述べられていますが、シミュレーションによってもEMCコモンモードを評価できないということからEMCコモンモードは存在しないと考えるべきかと思います。勿論、SPICE等の回路シミュレータでも扱うことはできません。
以上のことから、EMCコモンモードはEMCの現象を回路学的な扱いの中からそのように見え、上手く説明が付くものとして作られたイメージではないかと思われます。
それでも”電源回路にはコモンモードフィルタがあるぞ”、と言われる方がおられると思います。これについても結局上記と同様な説明ができるのですが、それについてはまた場を改めて解説致します。
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